創作物に対しての面倒くさいぼくの感じ

ぼくは本を読むのが苦手で遅く、漫画ですら億劫でほとんど読みません。
それもあって、人からのおすすめで本を貸してもらうということも実はあまり好きではありません。

宿題というか、義務を負った気がしてしまうのです。

貸してくれた人は自分が面白かったものを共感してほしいと考えて貸してくれるのだろうと思います。
しかしその人とぼくが同じ嗜好をしているとも限らないですし、八方美人であるぼくは「正直、あまり面白くなかった」とはなかなか言えません。

あまり面白くないと感じていながらも一生懸命読んで「面白かったよ」などと嘘をつかなくてはいけない状況になりうるのなら、初めから貸してもらわないほうがいいのではないかと考えてしまうのです。しかし、貸してもらうその場で、なかなか断ることもできません。

これらは音楽や映画やドラマ・アニメなどの映像作品などすべての創作物に対しても同じことが言えるかもしれません。

借りたものや、すすめられたものの、ほとんどは面白いと思ったり感動したりするんですけどね。
取り越し苦労というか完全にめんどくさいやつです、はい。

創作物・芸術作品を生み出すことのできる人、所謂「アーティスト」「クリエイター」を無条件に尊敬していて、ぼくも小説を書きたい・漫画を描きたい・楽曲を作りたい・映像作品を作りたい・それで認められたいなどと考えワナビー止まりであったりします。

だったら、たくさんの作品に触れなきゃいけないだろ!って感じですが、その、……面倒くさいんですよね。
完成度の高い、隙がない創作のためにはオタクでないといけないと思うんですけど。

昔はこのワナビー思考が強く、自分の将来の創作活動のための勉強だと思って作品に触れていました。
なので純粋に楽しんでいなかったように思います。
何かを得よう得ようと考え、消化不良に感じたりしていました。

また自分と感受性の似ている人を探す作業だったりもしました。
生きづらい自分と似ている人を見つけることで生きる励みとしていたんだと思います。

現在は以前より肩の力を抜いて楽しんで作品に触れています。

わがままなことに作品に触れたら触れたで感動し興奮し共感されたくて人に勧めたくなるぼくです。
この世には素晴らしい作品がたくさんあふれています。
それらにできるだけたくさん触れたいと思う自分もいます。

作品にのめり込むことができる人をうらやましく思います。
「この作品に触れている自分かっこいいでしょ」と、ファッションで作品をたしなんでいる自分も感じて不快だったりもします。

結局この記事を通して、何が言いたかったかって、自分でもよくわかりません。
本当はとある本のレビューを書こうと思ったのですが、その本を読んだ経緯について書こうと思ったら、それが膨らみすぎてしまったので、いっそのこと自分語りとして記事にしてしまった感じなのですよ。

なのでそのレビューは近いうちに掲載したいと思います。

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