冷凍うどんのおいしさの秘密とかAIとか

冷凍うどんっておいしいですよね。

冷凍でない袋入りのゆで麺よりももちもち食感で、お店で出されてもあるいは冷凍とは気が付かないかもしれません。

ぼくの聡明な友だちはもちもち食感はタピオカ粉を使っているからだと言っていました。
冷凍庫のなかの冷凍うどんを確かめてみたところ、なるほど、「加工でんぷん」とある。これがタピオカ粉なのかな。
そうなのか、小麦粉だけではないんだな。

と、ここで、ぼくたちのもとに「冷凍うどんはタピオカ粉を使っているから駄目だ」とか、「邪道だ」とか言う架空のおっさんが顔を出しました。
ぼくと友達の見解としては美味しくて有害でないのなら、大いに結構だと思います。

架空のおっさん的には伝統的な製法こそが真のうどんであるといった考えなのでしょう。
伝統的な製法というものも、完全に完成されたものではなく緩やかに進化していっているものでもあると思います。
架空のおっさんとしてはその緩やかな進化をも許しがたいことなのかもしれませんが。

また、伝統的な製法の芸術的価値とでもいいましょうか、それは素晴らしいものなのですが、合理的により求める結果が簡単に得られる道があるのであれば、そちらを採用すべきです。

昔は目で見たありのままを記録する手段として写実的な絵の技術が実用的に重んじられたと思うのですが、写真でかんたんに記録に残せる現在においてはその技術は芸術的な価値しかありませんよね。
それと同じことです。

最近、AI(人工知能)の進歩によってAIに仕事が奪われるという危機感についての話を聞く機会が増えているような気がします。
ぼくにも他人事ではない問題なわけですが、AIの方が向いている仕事については、はじめからAIに任せるべきだと思います。
その上で人間にしかできない仕事を探す努力をすべきだと思います。
AIのほうが得意な仕事をわざわざ人間がやるのはそれこそ無駄ですよね。

時代の変化に対応できずに古いやり方を通していると、生き残っていけないのではないでしょうか。

ぼくも仕事をするにあたって、長期的に働くつもりであればそういうことも視野に入れなくてはならないのかもしれません。
AIに奪われないような、人間にしかできない仕事を。どんなのがありますかね。

仕事の話とは少し離れてしまうかもしれませんが認められ得る、ふと思いました。
AIによって生み出された美しい絵、美しい音楽、美しい文章、美しい造形……。
たしかに美しいと感じるかもしれませんが、それがAIによって生み出されたものだと知ったときに「AIによるもの」という芸術性はあるかもしれません。
しかし、人間が全く同じものを作ったとしたら、そっちのほうがいいような気がしませんか?
人間の血の重みといいますか。

これは冷凍うどんの話と逆で、同じ結果という意味ではAIでも構わないかもしれませんが、人間の手によるものであったほうが芸術的なのです。
そう、芸術もエンターテインメントもなくてもかまわないものです。言ってしまえば無駄ですらあります。
でもその無駄に価値を見出すのが人間の心の豊かさであり、そのときにその無駄に心を救われたりするのです。

ぼくの書くブログにもそんな価値が生まれればいいんですけどね。

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