ミニマリストをめざしていたこととか

かつてぼくはミニマリストをめざしていました。

物を減らし始めたのは10年以上前だったので、まだ断捨離だとかミニマリストって言葉ができる前だったと思います(このブームに乗っかったわけではないアピールは何だ)。

きっかけは何だったのかはっきりしないのですが、大学のキャンパスが移るにあたって、引っ越しをしたときに感じたこともその1つだったのかなと思います。
その引っ越しでは引っ越し業者に依頼したのですが、引っ越し業者に依頼するのも自分には恐怖でした。
極度の人間恐怖症だったのです。

電気ガス水道などのライフラインの開始停止の依頼の電話など恐怖そのもので、「電話しなくちゃ、でも電話したくない」とだけ考えて、何日も無駄に過ごしたりしていました。
今にしてみれば、何にそんなにおびえていたのか、自分でもよくわからないところもあります。
とにかく、電話が嫌で、どもるのが嫌で、相手に変に思われるのが嫌で、沈黙が嫌で、嘲笑われるのがいやで……。
インターネットでも手続きできる方法がないか調べたりもしていましたが、当時はインターネットでの手続きの整備はそこまで進んでいなかったと思います。

なんとか、その引っ越しは済ませましたが、そのときぼくは思いました。
次に引っ越すときになったら、極力ものを整頓して、引っ越し業者を通さず、友達などの協力を経て引っ越しを済ませよう、と。

いつになるかわからないけれど、どうせ引っ越しのときに捨ててしまうのであれば、新しい家でもあまりものを増やさずいようと思い、必要最低限の環境を整えるだけで済ませました。

一般的にもっていることが当たり前のものでも、意外ともっていなくとも何とかなるように思い、そういうものは人にあげるなり、売るなり、捨てるなりして、なくしていきました。

手放していいものか悩ましいものについては、年に数回実家に帰る際に持ち帰り、また必要に感じたら再度持ってきたりというふうにしていました。

引っ越しの際には捨ててしまう、飽きたら捨ててしまう、どうせ飽きてしまう、死んだら必要のないものになってしまう、どうせ死んでしまう。
ものを購入すること、所有することは虚しいことだという考えがどんどん膨らんでいきました。

上記の対人恐怖症にもあって生きづらいぼくは、死ぬことばかりを考えていました。
自分が死んだときに遺品整理などでできるだけ迷惑を掛けたくないなと思いました。
理想的には自分が死んだときに何も残らない状態。

この趣向とコンパクトにまとまっている完結した状態への趣向が合わさって、3帖のロフトのみを生活空間にする遊びをしたりしていました。

それから、やはり人間恐怖のために就職を出来ず、引き続きアルバイト生活をしていたのですが、そのアルバイトもやめてしまって、さあこれからどうしようかなと鬱々と考えたときに母親から、実家へ戻るように連絡がありました。

ここで、アパートを引き払って友達のワンボックスで実家に引っ越ししたのですが、ぼくの勘違いなのか、話の食い違いだったのか、母親としては、「一度今後のことを考えるために何日か実家に帰ってこい」くらいのつもりだったみたいです。

父親は就職もせずに戻ってきたぼくに腹を立てて、「出てけ」と言いました。

ぼくもべつに実家に居候するつもりはなかったので、ボストンバッグ一つで再び上京し、友人の家に泊めてもらいながら部屋探しをしました。

ものがないし、狭いところも好きなので、3畳1間なども考え内覧もしましたが、不衛生な感じがしたし、音漏れも気になったので止めました。

結果、1R、5帖ユニットバス・ミニ冷蔵庫・浴室乾燥機付き、マンション内にコインランドリー付きという環境に落ち着きました。もう少し狭くてその分安ければもっとよかったのですが、そんな環境はなく、それでもコストパフォーマンスはよかったので、気に入っていました。

それから、気まぐれでどうしても欲しくなってベッドを買ったり、クラシックギターを買ったり、ライダースジャケットを買ったり、エレキドラムを買ったり、机と椅子を買ったり、PCディスプレイを貰ったりしましたが、あってもなくてもかまわないものを所有しているという状態にイライラしてきて、結局手放していました。
無駄といえば大いに無駄でしたが、買わなければほしいという気持ちは収まらないきがしていましたし、やっぱりいらないと知って、イライラして手放すという過程が自分には必要でした。

当時の職場での先輩は寮で三人暮らしをしている人がいましたが、タクシーで引っ越せるくらいの荷物しか持っていないと言っていて、その境地にもあこがれていましたし、「トランク一つだけで暮らしたい」という2ちゃんねるのスレッドをよく見ていました。

再び実家に引っ越す際に布団、カーテン等は捨てましたし、捨てがたい本はドキュメントスキャナを借りて電子書籍化したので、移動させた荷物は段ボール1箱とビジネスバッグと、(バンドをあきらめきれずに)エレキギター。


タクシーで引っ越せる範囲ですね。
実際、宅配便で引っ越しました。

もはやこの趣向が、何なのかやはりよくわかりません。
誰かに向けたポーズなのか、でもそれにしたら、人との対立を嫌うぼくが反対を押し切って手放したりしないと思いますしね。
人と違っていたいと思っていても、呆れられたり、ドン引きされていたりはやはり嫌ですもの。

今でもやはりミニマル趣向であり「捨てたい病」をうっすら患っていますが、あまり、ふえたりしていません。

前置きが長くなりましたが(前置きだったのか)、最近「アイム・ミニマリスト」という本を読みました。

著者であるYADOKARIさんはスモールハウスや小屋などを中心に未来の住まい方を紹介、提案している組織なのですが、やはり、スモールハウス・小屋に住む人と、ミニマリストとは親和性が高いのかしらと思い、また、とある有名ブロガーの記事で紹介されていたので、読んでみました。

何人かスモールハウスに住んでいる人、DIYで自分の家を建ててしまった人などを紹介していますが、普通の極少のもので生活するという意味でのミニマリストはそのうちの1人のみだったと思います。

ミニマリストというのはやはり、コンビニ、コインランドリー、外食産業、公共交通機関、各種レンタルなどいろいろなサービスに依存していなければ成り立たないものです。
なので、都会でなければなかなか実践しにくいものです。

この本で紹介されている方の多くは地方で、DIYをしたり、自給自足的なことをやっていたり、上記のサービスへの依存度が低いようでした。
ぼくもそういった小屋暮らし・Bライフなどのローコストな暮らしには興味があるので、とても興味深く、参考になりました。

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